その海の知識は船長だけでなく常連にも蓄積されることを示した図

ベテラン船長が引退すると消えるもの|「その海の知識」は船長の頭の中だけにあるのか

FISHING JAPAN 編集部

船長の高齢化と後継者不足を「船が減る」問題として語るのは、すでに一段浅い。だが「ベテランの暗黙知が失われる」という、一段深いはずの語り口にも、まだ確かめていない前提が混じっている。

その海の知識は、本当に船長ひとりの頭の中にあるのか。

全国の遊漁船業界で、船長の高齢化と後継者不足が進んでいるとされる。船舶免許の取得にも船の維持にも費用がかかる。天候に左右され、収入も安定しない。だから若い人が入ってきにくい。小さな船宿ほど船長ひとりが全ての仕事を抱えており、引退の時期がそのまま廃業の時期になりやすい。

ここまでは、よく語られる通りだ。そして次に「ベテランの経験知が失われる」と続く。潮の癖、根の位置、季節ごとの付き場。何十年もその海に通って初めて溜まるものが、受け取り手のないまま消える、と。

だが実際の船宿を思い浮かべてほしい。去年の十月にどこで何が出たかを、最も正確に覚えているのは誰か。船長とは限らない。二十年通っている常連のほうが、細かく覚えているという場面は珍しくない。

そう考えると、船宿の知識は個人ではなく、船長と常連が作る集まりの側に分散して蓄積されていることになる。継承の単位も個人ではない。若い人が船と免許を引き継いでも、常連が付いてこなければ、知識ごと途切れる。逆に常連が残っていれば、新しい船長は一年目から十年分の情報にアクセスできる。

ただし、この見方には強い反論がある。常連もまた高齢化しているという事実だ。船長より先に客のほうが減っていくなら、知識の受け皿そのものが痩せていく。この反論は正しい。そして正しいからこそ、猶予は思われているより短い。

では釣り人に何ができるか。業界団体がどうこうという話ではない。いま七十代の船長が舵を握っている船に、今年のうちに一度乗ることだ。そしてその日の海を記録して残すこと。

どこで、何時に、何が出たか。潮はどちらに流れていたか。船長が何と言っていたか。手元のメモでも、SNSへの一投稿でもいい。記録は、残した人の数だけ分散して保管される。一冊のノートより、そのほうが失われにくい。

それが、いま最も安く確実にできる継承である。

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